十勝いけだ屋ストーリー

第 6 話

やらされるのではなく、やる。 王子はにんにくと出会って変わった。
林農場
林 雅嵩
辛かった農業からの脱却。
100年農家の5代目による新たな可能性。
最近は農家の長男であっても、ストレートに就農するパターンは意外と多くない。親世代は「跡継ぎになってほしい」と思っても、口には出さずに好きな道を選ばせたり、一旦は社会の厳しさを感じてほしいと一般就職を望む傾向にある。農家の夏は休みが少ないし、朝早く作業をしたり、夜通し収穫することもある。子は子で幼いころから間近で親の仕事を見つめるから、その面白さと同時に辛さだってよく分かっているのだ。

「にんにく王子」というキャッチコピーを持つ林雅嵩さんは、池田町で100年以上続く農家の5代目。妹は2人いるが、男の子は林さんだけ。さぞかし5代目と期待されて育てられたのかと想像したが、両親は息子が跡を継ぐとは思っていなかったという。というのも、林さんは小学校から大学まで野球ひと筋。子どもたちに野球を教えたくて、教師を目指して必死に勉強をしたそう。高校の情報科の本採用を目指すが、採用人数は少なくかなり狭き門。塾のアルバイトを続けながら3年間挑み続けても、夢が叶うことはなかった。

「嫁と出会って、結婚しようと思ったとき、今のままでは生活が厳しいと感じました」。実家に帰って跡を継ぎたいと話したとき、両親はひどく驚いたという。教師を目指す息子はきっと跡を継ぐことはないと考えて、高価な農業機械を売っていたほど。寝耳に水だった。

「始めたころは農業が辛かった」と林さんは就農当時の状況を振り返る。林農場の生産品目は小麦、ビート、豆類(あずき・手亡)、かぼちゃ、ネバリスター(長芋の一種)。最初は草取りからのスタートである。父は機械作業中心で、話し相手は母だけだった。言われたことをやるだけの日々。今やっていることがどう先に繋がるのだろう。農業の辛い面ばかりがクローズアップされていた。

転機となったのは、JA青年部の活動。近隣の町で新しく生産され始めていたにんにくへのチャレンジである。9月末に種の植え付けを行い、半年間は雪の中で冬眠。7月の収穫まで手のかからないところがにんにくの利点である。一方で、じゃがいもの害虫であるシストセンチュウを発生させることがあるため、十勝の多くの農家は手を出せない。林農場はじゃがいもを作らないため、にんにくを取り入れることができたのだ。

最初は2畝(10m×20m)という小さな敷地だったが、初年度から順調に成長。特産地である青森県と池田町の気候が似ていることが追い風となったそう。自分で始めたにんにく生産が軌道に乗ると「気が付けば、農業が辛くなくなっていました。4年で一回りという仕組みもわかったし、休みがほしいと思ったら仕事量を調節して自分でコントロールできる。母と嫁を味方にしたら、3対1で多数決でも勝てますし(笑)」と林さんは言う。

最近取り組んでいるのは、林農場のにんにくのブランド化。2018年は町内の羊牧場からたい肥を分けてもらい、にんにくの畑に肥料として使ってみた。すると、羊のたい肥は栄養価が高く、にんにくが大きく育つことがわかったのだ。その他にもにんにくチップを試作しするなど、アイデアは豊富にある。「これ見て、明らかに大きいでしょう!」。にんにくを片手に興奮した面持ちで語る林さんの目は、キラキラと輝いていた。

SNSでもご購読できます。